競馬の雑談(2019.06.03)

昨日(6月2日(日))の安田記念(G1)は当たらず。オークスから一昨日の鳴尾記念(G3)まで続いた、重賞的中記録があっさりと途切れました。

それもそのはずで、鳴尾記念は例外として、オークスとダービーは、3歳クラシック戦のため、血統で走る馬は簡単に割り出せたのです。安田記念は古馬混合戦のため、難解でしたね。それでいて、配当は安かった。

中央競馬は、歳時記みたいな感じで、この時期はこういう馬が激走する、とか、いろいろと伝統的な特徴が各レースにあるんです。それを全てわかった上で馬券を買わなければ、一時、多く的中しても、プラス収支を通年で維持することはできません。

季節・開催地ごとの競馬の特性を通年で見通せるようになれば、通年プラス収支も夢ではないでしょう。私も、もっと研鑽を積まなくてはならないと思っています。

最近は、証券投資で損することがアホらしくなってきて、馬券で損したほうがまだいいじゃないか、とまで思うようになってきています。株式投資・証券投資も競馬も同じくギャンブルですが、楽しい方が良いじゃないか、と思ってしまいます。

まもなく馬場が渋りやすくなる、雨の多い季節になってきます。そういうことも考えながら、競馬攻略に邁進したいと思います。


競馬の雑談(2019.05.30)

最近、馬券が不思議と重賞レースで当たります。しかも、3連単が。

令和元年になって初のオークス、5月19日は17万馬券。

同じく、令和元年のダービー、5月26日は19万馬券。G2目黒記念は9万馬券。

昨日は、Jpn2(G2格)の浦和競馬の「さきたま杯」で5千円(3連単ですが、これは、おまけみたいなものですね)。

ちゃんと分析をして買っているので、まぐれ当たりでは決してないのですが、当たりまくりで少々驚いています。

かなり儲かった2週間でした。ただ、結構投資と地方競馬で散財してしまい、言うほどの余裕はないです。

証券投資よりも、馬券投資のほうが儲かっています。とりあえず、なんでもいいので、儲かって貯蓄できればいいと思っているところです。

ここ4日開催、何がそんなにいい結果をもたらしたのか…やはり、思い切るべきところで思い切って3連単を買ったことでしょうか。それもありますし、4日間とも、午前中のレースはサッパリだったのですが、それでいちいち落胆せず、気持ちを途切れさせずに、黙々と馬券を買い続けたことでしょうか。

(オークスの10万馬券的中証明書)
(ダービーの10万馬券的中証明書)

最近は、有料のデータ提供サイトも利用しておらず、無料サイトの出馬表で分析しています。それで当たるのですから、私の馬券の腕もまんざらでもないかもしれません。

さしあたっては、過去の結果に一喜一憂することなく、淡々と馬券を買うのみです。



助けを借りることで行動できる自分

家事を全くしなくなっている私でしたが、「捨てたいパソコンをそろそろなんとか」と親が言い出した、ということで、私が出動することとなりました。

親が一緒に作業に参加してくれると、私も動けることに気がつきました。私だけで何か家事をしようとするとできないのですが、親と一緒に作業をするぶんには、体がある程度動くことを発見しました。

やはり、「みまもってくれる人」「手伝ってくれる人」「介助者」がいないと、私が物事をやり通すのは難しいことに気がついたのです。このへんは、自分にかかってくるストレスを軽減させる効果があるのだろうと思います。

人の助けも借りながら、生きていくことが大切ですね。ここ数日それを実感する日が続きました。


人生哲学の構築が急務

私は障害者です。身体障害者の方々のことはよくわかりませんが、精神障碍者のことは、当事者でもあり、ある程度分かっているつもりです。

最近、パラリンピックなどで身体障害者の方々に労働以外の分野で活躍できる機会が増えているのを見かけます。諦めずに頑張ることが称賛されているようです。

それと関連しての話ですが、「不屈の精神」という言葉がありますが、精神障害者の場合はどうでしょうか。精神を病んでしまっている以上、その不屈の精神を発揮すること自体が、苦しみになってしまうというのは、なんとも言えない気持ちになります。

「頑張る」ということが、他の人々(健常者や身体障害者)以上に大変なことになってしまいます。精神障害者以外の人々の理解を超える世界なんです。

もう、今の年齢(40歳近く)になってしまってからは、吹っ切れて、周囲に合わせることはほどほどにして、精神障害者としての自分なりの人生哲学を構築しなくてはならないのではないか、と思い始めています。

「ガンバリズム」だけでは体が持ちませんから、自分が生きやすいように生きていく道を積極的に見つけることが必要な気がしています。

健康に気を遣って、これ以上の疾患を持つことの無いように気をつけながら、楽しながら着実に自己を成長させていく道を探りたいと思います。


家族から「面倒くさがり屋」「都合よく病気を持ち出す」と言われて

親に「とらのすけは家事を全くやってくれない、『面倒くさい』と言っている人に何も頼む気がしないわ」と言われてしまいました。

私は、風呂掃除を以前やっていましたが、「以前から面倒に思っていた」と表明したところ、「それなら、もうやってくれなくていい」と真剣に言われて親が風呂掃除をすることになりました。

最近は、ゴミ出しも、親から「『僕(とらのすけ)はゴミ出しをしてあげている』と言われるのが嫌だから私が出す」と言われてしまいました。

結局、私は今、家事を全くやっていません。

家事をやらないのは、私の病気に「何事にも億劫になってしまう」という、ヘンな症状があるせいが大きいと思っています。医者にも「億劫になるのは病気の症状でもあるから」と説明されたことがあります。

健常者から見れば、「まあ、何と都合の良い病気でしょうか」と思われるかもしれません。親も「都合のいいときだけ病気になるんだね」と私を皮肉る時があります。ただ、これがもし、私が一人暮らしだったら、家が「ゴミ屋敷」化してしまうおそれもあるので、真面目にとらえるべき問題だと思います。

統合失調症患者の集まりに顔を出したことがありますが、Macintoshの使い手の人もいたりしていて、精神疾患患者・障害者の方は一芸に秀でている方も多い印象です。

ただ、皆さんに共通していると思われるのが、「日常の家事が疎かになっていることが多い」ということかもしれません。片付けなども苦手なことが多いです。特定の事柄の対しては非常に熱心で技能・知識も豊富なのですが、基本的な生活がうまくいかない、ということが結構あるようなのです。

これについては、親など家族にも理解してもらいづらいことのようです。無益な家族間のケンカのもとになりそうですが、なかなか難しい問題だと私も思っています。


私の送りたい人生(2)

最近、小遣いが足りなくなり、「やっぱりお金が要る!」と思い始めました。経済的に保障される人生でありたいです。

お金が一定額あると「それほど要らない」と思い、少なくなる、あるいは足りなくなると「お金が欲しい!」と思うのは誰しも同じでしょうが、私の場合、お金は「あればあるだけ良い」という考え方に戻ろうと思いました。


先週発表の主な相場指標まとめ

◎信用取引残高・・・売り残減少で、急落の予兆なし。

◎円の売買・・・五千余枚売り越し減少。依然売り越し高水準。

◎225先物(ラージ)・・・主要五社が少し売り越しに転じた。

◎米VIX先物・・・売り越し高減少。


CSI300インバースETFを買付

10連休明け早々、5月6日月曜日、トランプ大統領が対中関税引き上げ(10%⇒25%)を5月10日に行うと発表しました。

とりあえず、このニュースでチャイナは御多分に漏れず、米国はじめ先進国市場全て大きく値下がりしたのですが、さて、この先どうなるのでしょうか。

今後の米中関係の見通しですが、しばらく前まで一枚岩ではなかった米国が、対チャイナに関しては、一致団結してチャイナつぶしに向かえるようになったようです。

ということで、米国株式の目先大幅上昇は期待できないものの、かといって、チャイナは売り材料はてんこ盛りで、チャイナ株は買われる材料がサッパリ見つかりません。

そこで、ChinaA50指数をCFDでショートすることも考えてみたのですが、それは動いてからでいいだろうということで、まずは、ETFでショートをすることにしました。

これは、米国ETFでしか買えず、かつ倍率は1倍のインバースETFしかなかったのですが、NY市場でCSI300インバースETFを買い付けました。

消極的ではありますが、米国については、債券ETF(アイシェアーズ・コア・米国7-10年債ETF(為替ヘッジあり))を買っていくことにしました。

海外口座は仕切り直し。短期投資はやられまくりでした。まあ、投資は楽しくやりましょう。

(その他ETFは、CSI300インバースETF)

わたしの「送りたい人生」

私は、金融がらみの記事ばかり書いていますが、本音を言うと、特に富豪を目的とはしていません。ただ、毎日楽しく過ごせたら、お金は必要な分だけで十分だと思っています。

本当は、資産運用さえ自分には向いていることなのだろうかと思ってしまう時もあるのですが、「まあ、お金があるに越したことはないから」という理由で行っています。

ふと、「自分はどんな人生を送りたいのか、どんな自分をよいと考えているのか」と自問自答したくなります。障害を持っているがゆえに、料理や洗濯はなかなか億劫でできませんが、今の生活に不満かと問うてみると、そうでもない気がしています。

PCに向かって、飲み物を飲みながら、適当にサイトを見て回ったりする今の生活以上に、何かやりたいことがあるのだろうか?と思ってしまいます。

考えてみて、結局のところ、「今の生活水準を維持して、経済的に保障された状況でありたい」という、あまり欲張らないけど、お金は少々いつもあって欲しい、という希望となりました。

あまり高い目標ではありませんが、イメージを膨らませて、現実にそのような安定した生活が死亡するまで送れるように、願いの力を使おうと思います。


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