悩みごと一覧

診察に代打で親に行ってもらいました

先日、初めてのことだったと思いますが、僕がメンタルクリニックの診察に行かず、代わりに親に行ってもらいました。クリニックが少し遠方なので、僕の腰が重くて、しかも、最近とみに遠出が億劫になってきているので、代わりに親に行ってもらいました。親には毎度毎度クリニックまで連れて行ってはもらっているのですが、診察室に親だけが入るというのは、初めてだったのでは?と記憶しています。

今僕が困っている生きづらさについて、主治医の見立てを親から聞いたところ、「慢性症状なので、いかんともしがたい」という結論のようでした。現在処方されている薬をしっかりと服用し続けることで、今の状態を維持することが精いっぱいのようです。

僕も、調子のいい時もあれば、悪い時もあります。波は小幅にありますが、このまま時が過ぎていくのだろうな、と諦めではないですが、納得せざるを得ない気になりました。

あまり患者本人が診察に行かないとなると、薬が処方できなくなってしまうと主治医が話したそうなので、まあ、2回に1回くらいは、診察に自分が行かないといけないかな、と思いました。遠出する気が起きなくても、そこは我慢せざるを得ないようです。


今日もぼちぼち生きていきます

何度か過去、自分のどうにもならない日常生活の苦しさとか、もがきとかをブログ上で書いたつもりです。

そう言いながらも、自分が「必要とされている」と感じる場面もたまにはあり、生きていて苦しいだけでもないです。

働いていないことに、何となく「社会人でない」という気持ちを持つときもあります。いっぱしの大人ではないなぁ、と感じざるを得ない場面も少なくはありませんでした。

ですが、病気になって、これだけ(20年以上)経ってしまうと、開き直るしかないなぁ、と思う時も多くなり、近くの知り合いのところにちょこちょこ平日昼間に顔を出したりすることもあったり、天気が良ければ散歩してきたりと、体調の良い時は軽く動けたりして、何となく人間らしく過ごすこともできています。

親がもっと歳をとったら、とか、自分が老いたら、とか考えたらきりがないですし、先々の心配をしたらきりがありません。そこは、自分の出来る限りの自助努力は怠ってはならないんだけれど、例えば、お金を貯めるとかいうことですが、それもほどほどにして、日々の生活も少しは楽しんで、どちらもバランスをとって生きていきたいな、と思っています。

四季の移り変わりなどが体調にもろに影響を与えることも多いので、また「動けん…」とかここで書くこともあるかもしれません。薬のおかげで今の体調を何とか維持しているので、そこは仕方がないとして、まあ、今日もぼちぼち生きていこうかなぁ、と思います。


本日も未明起床→ごろ寝→頓服服薬→少し動ける

朝はすっきりと目覚めるものの・・・

朝は未明からパッと目が覚めて、パソコンに向かったり、スマホのチェックをしたり、先日買ってばかりのAmazonEchoDotに話しかけたりして、活発に動くものの、すぐにガス欠を起こして、布団に入ってしまいます。

そのあと、また布団から出て、遅く起きてダイニングに入ってきた家族と朝食をとり、定期服用の薬を飲んで9時ごろの相場のオープンまでは起きています。しかし、それから間もないうちにまた頭が重くなって、ベッドに入ってしまうのです。

気がついたらお昼だが昼食後も気分は冴えず

気がついたら、正午すぎて午後1時。昼食を食べますが、頭の重さや体のだるさは全く改善しません。そして、また布団へ…

午後3時前に布団から出て、再びダイニングへ。「もう自助努力をもってしてもどうにもならない」とようやく悟り、頓服薬を服用。

やっと頭と体が動き出す

 

なんとか、体が動くようになりました。やはり、薬なしでは動けませんし、頭も働きません。今日は夜にあと1回は頓服薬を服用しないといけないかもしれません。

…とまあ、こんな日はざらにある普通の日常です。そういえば、朝、朝食後に頓服薬を服用したような気がするんだけど…おかしいなぁ。気のせいか。まあ、仕方ない、ですね。

今夜は相場の流れも注目しなくてはならないし、土曜はまた早起きしそうですし、なんだかよくわからない生活を送っている私です。


昼間横になってしまうことが多いです

先日、月に一度の診察に行ってきました。

その時にも主治医に伝えたことですが、今も、パソコンに向かってブログを更新したい気持ちがあっても、すぐに気持ちが途切れて、精神的な圧迫感(ストレス)から、ベッド等に横にならざるを得ない日々が続いています。

主治医によると「病気の症状で、『疲れやすい』というのがどうしても出ている。薬ではある程度まで緩和しているが・・・」という話でした。

あとは、頓服薬を服用してみて、どれだけストレスを緩和できるか、といった感じのようです。このブログを書く直前に、頓服薬を服用してみました。少しストレスが緩和されて、パソコンに向かって作業ができるようになりました。

頓服薬には依存性は無いようなので、飲みたいときに必要なだけ飲めばよいのですが、頓服薬以外の定期服用の薬だけでは、安定して毎日を送るのが正直難しいです。外出する時もありますし、家にいるだけでも体が重くなって、先ほどまでのような状態になることもあります。

昼間に横にならざるを得ないというのは、生産的ではないので、とても困ります。精神疾患を持つものゆえの苦悩かもしれません。


「出会いと変化」を渇望中!

「出会い」なくして「変化」は人間に起こり得ないと思います。

別に、リアルな人間同士の出会いに限ったことではありません。インターネットを通じてでも、あるいは、本の著者にその著書を通じてでも、出会いはあります。それが、人間に変化をもたらします。

私が何も変化のない、味気ない生活を送っているように感じてしまうのは、その「変化」が乏しいからだと思います。そして、そのもとになる「出会い」もほとんど無い。

私が障害を持つ身でなければ、もっと積極的になって自分をリアルの世界でも晒していって、出会いを求められるのかもしれません。「半」ひきこもりでは、なかなか出会いは生まれないでしょうね。

まだまだ気力がある私ですから、何かしらの出会いと変化を求めたいです。そのようになるにはどうしたらいいのかを模索中です。


人生だけでも「かなづち」から脱したい

私はプールで50m泳げない「かなづち」です。今だったら、25mもあやしいです。

ところで、人生は、いろんな物事に例えられることがあります。「山登り」「マラソン」のように、どちらかというと苦しいことのように例えられることも多いです。

私は、人生を「魚が海底を泳いでいく」みたいなものと考えてみたいです。

溺れている人間のことを想像してみましょう。泳ぎたいのはやまやまだけれど、いっこうに進まなくて、その前に酸素不足におちいってしまって、空気を求めて頭だけ上を向いて、もがいている…そんな姿です。

上へ行きたいし、前に進みたい…これは、成長志向・上昇志向みたいなものだと考えることはできないでしょうか?

それに対して、海底を進む魚は前を見据えながらも、横方向へスイスイと移動します。これは、人生をスムーズに、成長とか向上心とかを抜きにして、自分の道をただただひたすらに進んでいく姿になぞらえることはできないでしょうか?

私は、人生を考えるとき、自分は成長しなくてはいけないという考え方に囚われていたのではないか?そろそろ、横移動というか、人生の幅を広げるというか、もっと間口を広げて行くことだけに専心していこうか、とふと思ったんです。

私は生きるのが下手だと自分のことを思っています。縦方向へ上っていくことばかりに目が行っていたような気がするんです。縦志向は苦しい。横方向なら楽。…と片付けることはできないでしょうが、人生という「海」を考えたとき、もがき苦しむのは嫌なので、「かなづち」から脱して、スイスイ人生を泳いで行けないだろうか、と思います。


天気は良いのに精神は疲れている

今日も未明に目が覚めましたが、なんとなく体がだるい感じで、トーストを1枚食べて薬などを飲んだ後、また寝て起きたら、株式市場はすでに始まっている時間でした。

それでも、持続して起きていることができなくて、何度も布団に入り、マーケットのお昼休みに日経先物が戻しているところでオプション取引をし、昼食後すぐにだるくなってまた横になり、横目でパソコンのモニタを観ながら、なかなか起きていることがやはりできず、東京市場の引け頃にまた動けるようになって、バナナを食べ、食パンやフランスパンのかけらをトースターで焼いておやつに食べたら、なんとかパソコンに向かってこうして文章を書く気になった、といったところです。

今日のお昼は、ぽかぽかと暖かい陽気で、少し外に散歩に行った方が良いかもしれません。

天気が精神にも大きな影響を与えることもしばしばですが、家にこもって過ごしていると、外の天気とは関係なく、前日の疲れなどを引きずって、いっこうに体調が上向かないこともあります。

こんな時は、外を少し歩いてみたり、頓服薬を飲んだりして、疲れが回復するかどうか、試してみるしかありません。


精神的疲労を緩和する工夫が必要

今朝も4時に起床しましたが、現在6時。パソコンを触って1時間半ほど経過して、なんだか疲れてしまい、気分転換も兼ねて、自室からダイニングに下りてきたところです。

そこで、即席焼きそばを食う…(*´ω`*)ことが良いことかどうかはわかりませんが、小休止をうまい具合に取りながら、精神を安定させつつ、気力を持ち続けて生活する必要があると思っています。

疲れたら横になる…というのが私の日常からすれば簡単なように見えますが、体力的には全く疲れていないため、横になって眠れるわけではありません。

安定剤に頼らないで、精神的疲労を取る努力は、起きて間もないうちから、しなくてはなりません。

昨日書いた記事の内容を引き継いで考えれば、自分の生きやすいように生きる、ということに尽きます。疲れたら、休むか、気分転換を家の中でも図る…工夫が必要ですね。


自分に合った日常を求めて

私は、暇つぶしにFX等をやったり、相場の流れを見たりして過ごすこともよくありますが、短期取引の頻度が漸減するにつれ、時間は有限なので、有意義に過ごしたいなぁと、しょっちゅう考えています。ただ、答えを見つけるのは、そう簡単ではなさそうです。

最近は、読書も労力を要するので、できなくなってきています。音楽を聴くのも、頭が精神的に疲れてきてしまうので、それほど聴くことはありません。精神的に疲れやすい、自分の障害の症状が強く影響を与えているのでしょう。

その一方で、軽いブログ調の読み物、ツイッターのような散文は、受入れ容量の小さい私にも受容可能なので、主にスマホやパソコンから文字情報や静止画情報を得ることで日々生きている、と言っても過言ではありません。

自分の活動を自分に受け入れやすいようにチューニングしていくことが、楽にいきいきと生きていく道なのだ、との思いを最近強くしています。この辺りのことを深く追求していくことが、自分が生きる上での大きなテーマではないかと思い始めています。

 


デイトレしなくなってできた暇な時間

日経225オプション取引を休止したこと、株式を現時点で買えるだけ買ったため余分なお金がないこと、などでデイトレはしばらくできなくなりました。

本当はデイトレしなくても儲かればそれに越したことはありません。

ただ、いそいそとしていたのが、余裕ができて暇になる時間が多くなってしまいました。

特段の趣味を持ち合わせていない私は、余分なお金もないし、何をして過ごせばいいのか、と悩んでいます。

それを見越してのレンタルサーバー運用による自由度が高いブログの制作だったのです。

大枠の制作もひと段落しました。あとは、ブログを更新して、内容を充実させていくだけです。

今日は、なかなか書くネタ探しに苦労していまして、ブログ・SNS巡回で何かしらネタを探してみようと思います。

やはり、こうして取るに足らないようなことでも、文章にしてブログに公開することは楽しいので、これが今のところの唯一の暇つぶしですね。

今後の拙サイトにどうぞご期待ください。


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