悩みごと一覧

助けを借りることで行動できる自分

家事を全くしなくなっている私でしたが、「捨てたいパソコンをそろそろなんとか」と親が言い出した、ということで、私が出動することとなりました。

親が一緒に作業に参加してくれると、私も動けることに気がつきました。私だけで何か家事をしようとするとできないのですが、親と一緒に作業をするぶんには、体がある程度動くことを発見しました。

やはり、「みまもってくれる人」「手伝ってくれる人」「介助者」がいないと、私が物事をやり通すのは難しいことに気がついたのです。このへんは、自分にかかってくるストレスを軽減させる効果があるのだろうと思います。

人の助けも借りながら、生きていくことが大切ですね。ここ数日それを実感する日が続きました。


人生哲学の構築が急務

私は障害者です。身体障害者の方々のことはよくわかりませんが、精神障碍者のことは、当事者でもあり、ある程度分かっているつもりです。

最近、パラリンピックなどで身体障害者の方々に労働以外の分野で活躍できる機会が増えているのを見かけます。諦めずに頑張ることが称賛されているようです。

それと関連しての話ですが、「不屈の精神」という言葉がありますが、精神障害者の場合はどうでしょうか。精神を病んでしまっている以上、その不屈の精神を発揮すること自体が、苦しみになってしまうというのは、なんとも言えない気持ちになります。

「頑張る」ということが、他の人々(健常者や身体障害者)以上に大変なことになってしまいます。精神障害者以外の人々の理解を超える世界なんです。

もう、今の年齢(40歳近く)になってしまってからは、吹っ切れて、周囲に合わせることはほどほどにして、精神障害者としての自分なりの人生哲学を構築しなくてはならないのではないか、と思い始めています。

「ガンバリズム」だけでは体が持ちませんから、自分が生きやすいように生きていく道を積極的に見つけることが必要な気がしています。

健康に気を遣って、これ以上の疾患を持つことの無いように気をつけながら、楽しながら着実に自己を成長させていく道を探りたいと思います。


家族から「面倒くさがり屋」「都合よく病気を持ち出す」と言われて

親に「とらのすけは家事を全くやってくれない、『面倒くさい』と言っている人に何も頼む気がしないわ」と言われてしまいました。

私は、風呂掃除を以前やっていましたが、「以前から面倒に思っていた」と表明したところ、「それなら、もうやってくれなくていい」と真剣に言われて親が風呂掃除をすることになりました。

最近は、ゴミ出しも、親から「『僕(とらのすけ)はゴミ出しをしてあげている』と言われるのが嫌だから私が出す」と言われてしまいました。

結局、私は今、家事を全くやっていません。

家事をやらないのは、私の病気に「何事にも億劫になってしまう」という、ヘンな症状があるせいが大きいと思っています。医者にも「億劫になるのは病気の症状でもあるから」と説明されたことがあります。

健常者から見れば、「まあ、何と都合の良い病気でしょうか」と思われるかもしれません。親も「都合のいいときだけ病気になるんだね」と私を皮肉る時があります。ただ、これがもし、私が一人暮らしだったら、家が「ゴミ屋敷」化してしまうおそれもあるので、真面目にとらえるべき問題だと思います。

統合失調症患者の集まりに顔を出したことがありますが、Macintoshの使い手の人もいたりしていて、精神疾患患者・障害者の方は一芸に秀でている方も多い印象です。

ただ、皆さんに共通していると思われるのが、「日常の家事が疎かになっていることが多い」ということかもしれません。片付けなども苦手なことが多いです。特定の事柄の対しては非常に熱心で技能・知識も豊富なのですが、基本的な生活がうまくいかない、ということが結構あるようなのです。

これについては、親など家族にも理解してもらいづらいことのようです。無益な家族間のケンカのもとになりそうですが、なかなか難しい問題だと私も思っています。


精神障害者に優しいのはYouTube?それとも文字・静止画情報?

私は精神障害者で、健常者以上に精神疲労に弱く、刺激を多く受けるとすぐに疲れてしまいます。

例えば、山登りのような、肉体疲労を伴う行動の場合は、精神疲労に加えて肉体疲労も負担となりますから、さらにきつくなります。

今回は、パソコン等のIT機器を使った場合に、精神障害者はここでもハンディキャップを負うというお話です。

今、『ユーチューバー』がもてはやされているように、YouTube動画をネット上に上げることが流行っています。私も、以前ニコニコ生放送で深夜まで毎日のように生放送を頑張ってやっていた時期もありましたが、あまりに外野の暴言を受けることが多かったので、嫌になってやめました。

YouTube動画ではそういうコメントは入りにくいのですが、いろいろと工夫が必要です。生放送でないぶん、最初から自分で原稿を用意して話をしないと、視聴していても話し手の話すペースが遅すぎて観る側は嫌気がさしてきます。

私もYouTube動画をしばらくの間作っていましたが、精神的な疲れが負担となり、嫌になってやめてしまいました。原因は、ネタが少ないこともさることながら、精神的負担がかかってしまうことです。本当に疲れ果ててしまいます。

肉体労働でも、パソコン上の作業でも疲れやすい精神障害者には、「活動をする」「行動する」こと自体が健常者以上に大変なのです。かといって、人並みの知能を持っていれば、それを発揮したくなるのは人間の性だと思います。その、不自由さ、もどかしさが精神障害者にはつねにつきまとうこととなります。

さて、動画は疲れるので、静的メディアで軽いメディアであるブログやTwitterのほうが気楽で疲れにくく、付き合いやすいと思います。観る側としても、私はYouTube動画はあまり見ていません。

精神障害者(いろいろな人がいますがたぶん多くの精神障害者)はYouTubeの波には乗れないと思われます。どうやったらネット世界で自分を発揮できる人間で居続けられるのか、模索が続いています。


「疲れた・・・」が口癖に

最近、「疲れた・・・」が口癖のようになってしまっています。

なかなか健常者の方々には理解できないでしょうが、好きなことやっても、好きでもないことをやっても、その直後に主に精神的に強い疲労感が襲ってきてしまうのです。

夕食も、食欲は旺盛なつもりなのですが、食後にすぐに疲れてしまい、家族同士の会話も耳障りに感じてしまいます。「早く布団に入りたい」といった気持ちにすぐになってしまうのです。

そういえば、最近、排尿に時間がかかったり、朝の勃起が弱かったり、さらに性機能が低下していると感じたり、元気がないような気がしています。鬱の傾向もあるのでしょうか?

今週末は関西方面へ出かける計画を立てています。果たして、それも楽しめるのだろうか?と少々不安です。

元気であるとは言い難い状況なので、とりあえず、肩の力を抜いてリラックスすることを心掛けて、一日を過ごすしかないと思います。


やっぱりゴロゴロしているのは無理

前回の記事で、「ゴロゴロするのに慣れねばならない」と書きましたが、無理そうです。

昨日、スーパーまで母親と一緒に行き、あれこれ買うのを手伝って荷物持ちをして帰ってきました。人助けになるのは気持ちがいいですし、私としても、家の中をウロウロするような無益な行動ではなく、外出で歩き、しかも荷物を持って負荷も適度にかかり、母親とおしゃべりしながらですから、悪いことは一つもありませんでした。

こういう行動をとるのが快感に感じるということは、やはり、私も人間らしい生活を送ることが自分にとって良い体験であり、ベッドで寝て張り付けられているかのような生活は不自然極まりないということになります。

抗精神病薬は、時として、患者をぼんやりとした気持ちにさせてしまうとも言いますが、私の場合は、同じ薬を何年も服薬する経験を経て、症状の安定した状態が出来上がっているのかな、とも思います。精神的な疲れやすさは症状として残り続けてはいますが、注意力が健常者より劣ってしまうのは致し方ないにせよ、周囲の環境に過敏になってしまう症状が緩和されているのは間違いないと思えるようになりました。

就業はなかなか無理なこととは思いますが、消極的な生き方ではなく、よりよく毎日を生きていくにはどうしたらいいかをもっと考えなくてはならないな、と考えるようにします。


ゴロゴロ生活に慣れねば

今日は朝から何もすることがなかったです。することがあることのほうが稀ですが。

スーパーのチラシで、カップうどん・蕎麦・焼きそばが108円均一なのを知って、朝からスーパーに行き、それらを買い込んできました。主に、日曜日の私の昼食用です。

それが終わると、何もすることが本当になくなってしまいました。

早朝に起床した時のことを思い返してみますと、PCの電源を入れて、それに向かっているうちに頭が疲れてしまい、二度寝になって朝八時に朝食を食べるために起床したという感じでした。

本当に少し行動や複雑な思考をしただけで、すぐに頭が疲れてしまい、地べたに倒れ込まざるを得ません。

お昼前には、久しぶりに真向法体操をしてみました。それから、畳に寝転んでいましたが、長続きすることなく、家じゅうをウロウロしたりしていました。

精神疾患の患者さんの中には、病院のベッドでの長期入院生活を送っている方々もいます。私は、妄想・不安等の症状が薄れているので、入院の必要がなく、入院の経験もありませんが、日中ゴロゴロとする生活も、自分の中でよしとしなくてはならないかな、と思うようになりました。先ほども述べた通り、少し頭を使っただけで、ひどく疲れてしまうので、生産的な活動や、創作活動などはよほど好きになったものがある場合を除いて、ほとんど無理な状況なのです。

あとは、徒歩で行ける親戚の会社に少し顔を出して、他人と混じって刺激を受ける状況をつくるくらいしか、気分転換になるものもありません。

じっとしていられない気質の持ち主ではありますが、なるべく「ゴロゴロして過ごす」ということにも慣れていかなければならないなと思っています。


最近の私の暮らしぶりと働くことについて(2018/10/13)

最近、生きていて全く張り合いがありません。

私の統合失調症の症状は、主治医から処方されている薬が適切に作用しているのか、安定している現状です。朝夕の主剤類の服用に加え、外出するときには、安定剤の定期的服用が欠かせませんが、もう慣れっこなので、遠出をするときも4時間おき程度の服用を続けて過ごせば、帰宅時まで安心して過ごせるようになっています。

病状が安定するとともに、夜10時前後就寝・翌朝5時ごろ起床、という生活リズムも大崩れすることなく、日々継続されています。

以上のような安定があるにもかかわらず、私が毎日やっていることと言えば、前回のブログ記事の冒頭にも少し触れましたが、近くの親戚のところに行って、茶飲み話をしたり、ネットで馬券を買って遊んだりといった活動程度しかできていません。

料理・洗濯・掃除などの家事は苦痛に感じてしまい苦手なので、家庭のゴミ出し程度しかやっていません。一般の方々が当たり前にできることもできないのに、遊びまわっていていい気なものだ、と思われそうですが、私としては、「今の私には、できることがその程度までなので、それをやっているのです」としか言うことができません。

ハローワークにたまに行ってみては、障害者雇用担当の相談員の方と話をしてみることもありました。相談員さんを介して、自分の就業にあたっての希望条件を挙げてから企業と連絡を取ってもらったりしたこともあるのですが、条件に合う職場はなかなかありません。いつハローワークに行ってもそうなので、あまり足が向きません。

そういう現状です。家事が苦手だったり、そのほか一般人が誰でもできそうなことができないとしても、人間何か自分の特性や能力を生かせる場所がどこかにあるはずだと思うのですが、未だに自分の居場所を見つけることができていません。

私の統合失調症に関わる症状は、精神疲労が溜まるのが早いとか、集中力を長時間維持するのが難しいとか、働くには不利なことがいろいろあるのですが、せっかく生きているのだから、なにかしら働いていたい、という思いもあるので、自分を発揮できる場所を見つけたいのです。

この記事の冒頭で、生きていて張り合いがない、と述べたのは、そういった、自分を全く発揮できていない状況で、やむを得ず「ご隠居生活」になってしまっていることへの不満が、統合失調症の症状の安定化とともに、頭をもたげてきたからだと思います。

田舎暮らしゆえ、都会暮らしの方々よりも輪をかけて不利な状況下に置かれているのではないかと感じていますが、なんとかならないものだろうかと毎日のように悩み考えているところです。


お腹の調子の健全化対策

(注)写真はデブの人の一例であり、私の写真ではありません。

ビオフェルミン錠を飲んだり、健康のためと思って歩いたり、とデブ是正&腸の健康に気を遣ってきた私ですが、それに加えて、といっても基本的なことですが、抜けていたことを新たにやり始めました。

まず、軟便・下痢防止のため、水分の摂り過ぎに気を遣うことにしました。周囲の人々からみても、私の水分の過剰摂取ぶりは、異様なものだそうです。もし、それが軟便・下痢の原因だったとしたら…と思い、水分をなるべく摂らない、あるいは定期的に少量だけ補給する、ということに気を遣うことにしました。

もう一つは、白飯を控えること。これは、デブ是正に直結します。「夕食後、すぐに眠気が襲ってきて、ベッドで横になっていたらいつの間にか寝ていた」という、最悪のデブまっしぐら路線から軌道修正するための措置です。

おかずだけ食べて、白飯はほんの少量にする。それだけで、夜の眠気の質が変わってきます。夜間の相場観察にも効果的ですし、朝も慣れたら、午前4時ごろ起床しても、4時間は何も食べなくても大丈夫になりました。

以上のような対策を施すことで、効果が出るのを待ちたいと思います。


お金の管理が楽になりました

競馬の馬券を買わなくなってから、しばらく経ちました。

それのおかげで、お金の管理がだいぶん楽になりました。eワラントやオプションを買って、勝った負けたを繰り返したとしても、競馬で損したときのショックに比べたら、金銭的にも精神的にも、月とスッポンの差です。eワラントなどで損を出しても、長期保有すると決めた株式を手放す必要はないですし、毎月の趣味娯楽費の支払いもちゃんとできます。お金がちゃんと貯まっていくわけです。

資金管理ができているので、おおまかな先々の投資の予定も立てられるようになってきました。また再び、競馬を始める前の投資生活に戻れるのではと、光が見えてきた気がしています。

クレジットカードの入退会の繰り返しも、ほぼ一巡して、自分の中での熱狂的なカード研究も終わりを迎えたと思っていますので、金銭生活の安定を目指せる素地ができました。

親から借りていた、カード払い馬券代の借金も親に完済し、いよいよ本格的な財産形成に移れそうです。これまで長い道のりでした。やはり、私も経験を通じなければ知恵を得ることのできない愚者です。本当に、お金の使いみちには気を付けなくてはならない、としみじみと感じております。

今後の地道な利殖・投資生活が、自分の大きな財産になることを祈念しつつ。


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