健康一覧

秋になりました

9月もほぼほぼ終わりとなり、「秋になったなぁ」と言えるような天候になってきました。今年は、春も天気がおかしかったし、今になって、やっと安定した気候を体験できている気がします。

私の就労も週4日勤務1時間労働が定着してきた感じ。データ入力の毎日ですが、平日は充実しているのはいいこと。較べて土日祝日の過ごし方が課題になっています。早く週5日勤務に自分の体が持っていけないかなぁ、と思っています。

週5日働けたら、今度は1日2時間働いて…などと、収入の増加を夢見てしまいます。

一方で、心配なのは、季節の移り変わり。冬になると、雪が降ることで交通機関のダイヤグラムが乱れることもさることながら、自分の体調が寒さで落ち込んでいってしまうのが心配。その辺のことはケアマネジャーさんなど、周囲の人にも一応お話しておきました。

なんとか、体調をある程度の落ち込みで維持して、冬の間に週5日間勤務を継続できることが、少し先のこととなりますが、今からの目標ですね。


心と体の関係を変えていく

福祉施設でパソコン作業をしていて気がついたのですが、施設のPC操作をしていると、脳味噌がフル回転して集中力が増すような気持ちがありました。単なる入力作業をしているだけなのですが、脳が凄く刺激されている感じがしました。

日々の暮らしのなかでのスマホ・PC・タブレット端末などとの付き合いを振り返ってみても、IT端末群を操作している時は、自分がその端末に集中して向かっている感じで、頭もフル回転する気分がしていたように思います。

何と表現してよいのか、難しく思うのですが、自分の行動力以上のことが脳と(目と)手先だけでできてしまう感じです。

脳と手先とIT端末の関係性のおかげで、自分の能力がいかんなく発揮されるようで、いいことのようにも思えるのですが、弊害もある気がします。端的に言えば、心と体のアンバランスです。

私は病気・障害を抱えているので、作業能率が低い上に、行動を起こすことに心的負担を多く感じてしまって、億劫に思って行動を起こすことが苦手です。健常者(含む家族)には言わないとなかなか理解してもらえませんが、例えば、旅行とかは楽しいし目的もあるのでそこまで苦になりませんが、それとは逆に、日常生活の簡単な家事が負担に感じて、家族の補助なしでは全くできなかったりします。

家族たちにしてみれば、「何でできないの?」と思われてしまいそうですが、頭の中では分かっていても、行動ができない、動作ができない、ということがままあるのです。

IT端末に向かい続ける生活を続けていると、そこから離れている時とのギャップがより大きくなっていきます。もどかしいような気持ち、何かをやりたい気持ち、そういうものが高じて、自分の場合は自宅でもPCに逃げてしまったりしているのだと思います。

このギャップみたいなものを埋めるのは無理だと思っています。ただ、PCを操作している時の自分を基準に生きていくのは、実生活では難しいので、PCから離れているときの自分を、軽視することなく考えてやらないといけないな、と思っています。

IT端末は能率を上げる道具ではありますが、そこから新しい発想を生み出せるものかというと、そういうものでもないと思います。なので、時間を持て余している私は、ベッドや畳の上などでゴロゴロとしながら、新しくやりたいことなどをぼんやりとでもいいから考える時間を持ちたいなと思います。なんでもスムーズに事が運んでしまうPC等とは全然違いますが、ぼんやりとものを考える時間も大切だと思いますので、PC等と向き合う時間を減らし、心と体のバランス調整をしていきたいと思います。

IT端末に向かう時間が多いせいで、「何かをしていないと気が済まない」という自分ができてしまっているように思うので、そのあたりの頭の不具合の解消ができたらなぁ、と思っています。


助けを借りることで行動できる自分

家事を全くしなくなっている私でしたが、「捨てたいパソコンをそろそろなんとか」と親が言い出した、ということで、私が出動することとなりました。

親が一緒に作業に参加してくれると、私も動けることに気がつきました。私だけで何か家事をしようとするとできないのですが、親と一緒に作業をするぶんには、体がある程度動くことを発見しました。

やはり、「みまもってくれる人」「手伝ってくれる人」「介助者」がいないと、私が物事をやり通すのは難しいことに気がついたのです。このへんは、自分にかかってくるストレスを軽減させる効果があるのだろうと思います。

人の助けも借りながら、生きていくことが大切ですね。ここ数日それを実感する日が続きました。


人生哲学の構築が急務

私は障害者です。身体障害者の方々のことはよくわかりませんが、精神障碍者のことは、当事者でもあり、ある程度分かっているつもりです。

最近、パラリンピックなどで身体障害者の方々に労働以外の分野で活躍できる機会が増えているのを見かけます。諦めずに頑張ることが称賛されているようです。

それと関連しての話ですが、「不屈の精神」という言葉がありますが、精神障害者の場合はどうでしょうか。精神を病んでしまっている以上、その不屈の精神を発揮すること自体が、苦しみになってしまうというのは、なんとも言えない気持ちになります。

「頑張る」ということが、他の人々(健常者や身体障害者)以上に大変なことになってしまいます。精神障害者以外の人々の理解を超える世界なんです。

もう、今の年齢(40歳近く)になってしまってからは、吹っ切れて、周囲に合わせることはほどほどにして、精神障害者としての自分なりの人生哲学を構築しなくてはならないのではないか、と思い始めています。

「ガンバリズム」だけでは体が持ちませんから、自分が生きやすいように生きていく道を積極的に見つけることが必要な気がしています。

健康に気を遣って、これ以上の疾患を持つことの無いように気をつけながら、楽しながら着実に自己を成長させていく道を探りたいと思います。


家族から「面倒くさがり屋」「都合よく病気を持ち出す」と言われて

親に「とらのすけは家事を全くやってくれない、『面倒くさい』と言っている人に何も頼む気がしないわ」と言われてしまいました。

私は、風呂掃除を以前やっていましたが、「以前から面倒に思っていた」と表明したところ、「それなら、もうやってくれなくていい」と真剣に言われて親が風呂掃除をすることになりました。

最近は、ゴミ出しも、親から「『僕(とらのすけ)はゴミ出しをしてあげている』と言われるのが嫌だから私が出す」と言われてしまいました。

結局、私は今、家事を全くやっていません。

家事をやらないのは、私の病気に「何事にも億劫になってしまう」という、ヘンな症状があるせいが大きいと思っています。医者にも「億劫になるのは病気の症状でもあるから」と説明されたことがあります。

健常者から見れば、「まあ、何と都合の良い病気でしょうか」と思われるかもしれません。親も「都合のいいときだけ病気になるんだね」と私を皮肉る時があります。ただ、これがもし、私が一人暮らしだったら、家が「ゴミ屋敷」化してしまうおそれもあるので、真面目にとらえるべき問題だと思います。

統合失調症患者の集まりに顔を出したことがありますが、Macintoshの使い手の人もいたりしていて、精神疾患患者・障害者の方は一芸に秀でている方も多い印象です。

ただ、皆さんに共通していると思われるのが、「日常の家事が疎かになっていることが多い」ということかもしれません。片付けなども苦手なことが多いです。特定の事柄の対しては非常に熱心で技能・知識も豊富なのですが、基本的な生活がうまくいかない、ということが結構あるようなのです。

これについては、親など家族にも理解してもらいづらいことのようです。無益な家族間のケンカのもとになりそうですが、なかなか難しい問題だと私も思っています。


整腸剤は飲み続けることが大事

私は毎日、『新ビオフェルミンS錠剤』(大正製薬)の後発品を飲んでいます。

便通が不安定なので、昨年の2月ごろから、朝・昼・夕食後に必ず飲むようにしたところ、数か月で効果が本格化し、以来約1年間、安定した便通を維持しています。

先日、いつものように、ドラッグストアで常飲している整腸剤を買いに行って、その商品の周囲をいろいろ見てみたところ、整腸剤といっても、いろいろな種類があることを発見しました。

私の飲んでいるのは、ビフィズス菌・フェカリス菌・アシドフィルス菌の3種類の乳酸菌(善玉菌)を配合したものでした。その近くに並んでいた整腸剤はまた成分が違っており、納豆菌を配合した錠剤もあることを見つけました。

ということは、納豆そのものも、便通に良いわけで、私は納豆をよく食べますが、それも便通異常に効くようです。

そういうことで、他の種類の錠剤に頼りたくなったわけではないですが、最大の効果を求めて、いろいろな種類の錠剤を試してみる人も多いのだろうな、と思いました。

一般的な整腸剤について、私に言えることは「効果が安定するまで1か月はかかったので、それまで飲み続けることが必要で、その後も飲み続けなくてはならないもののようだ」ということです。続けることが大事でしょう。


眠気があって元気が出ません(2019/01/20)

このところ、なんとなくうつうつとした感じで、頭がぼんやりとしている気がします。眠気が強く、食事を摂ってはしばらくして布団に入るの繰り返しで夕方まで来てしまうことが多いです。

季節柄のせいが大きいと思います。昨日も、本屋で読みたい本を見つけれて、買って帰ったものの、なんとなく億劫でほんの最初の部分しか読めていません。

精神科の診察日が近づいているので、そのようなことも相談してみようと思っています。


冬も本番に

スーパーに嗜好品を買いにだけ行ってきましたが、どうも体がピリッとしません。朝からぼんやりしていて、暖冬気味ながらもさすが冬だな、という感じで、毎年恒例のうつうつ傾向を自分に感じます。

季節柄、体調はいまいちなものの、先日は、ハローワークの障害者窓口や、県の障害者就労支援センターみたいなところで相談してきましたが、年金収入を補完できる程度のお金は毎月欲しいというのが私の実情で、働いて少し日々緊張感も欲しいところです。

私にとって毎度冬は眠気が強くなったり鬱っぽくなったりと、精神的に不安定な状態になりやすい時期です。無理しない程度に体を動かして、生活リズムを崩さないように努めたいです。


魔法の頓服薬

金銭的に余裕がないので、しばらく競馬はできません。

今日なども、普段の週末なら競馬をやっているはずですが、できないので、相場もない週末、何をしたらいいものかと悩んでしまいました。

さて、競馬の禁断症状がでたわけでもないのでしょうが、今日は朝から精神状態が安定していませんでした。体はソワソワするのに、何をするのもおっくうで、行動を起こす気が全く出ませんでした。

この記事を書こうと思う直前まで、その状況が続きました。健常者の方々に精神病の症状を説明してもなかなか理解してもらえないのですが、一見すると矛盾するようなことが合わせて起きていたりするのです。

主治医から、精神症状に効く頓服薬を一種類もらっているのですが、さきほどこれを一錠飲んでみました。そうすると、あら不思議、なんだかソワソワ感が薄れてきて気持ちが落ち着いてきたのです。それで、このブログ記事も書く気になれました。

頓服薬は、即効性のない主剤の補助的な位置づけですが、とにかく精神症状的ににっちもさっちもいかない状況になった時に、この頓服薬を飲むと、ほとんどの悪状況から抜け出すことができるのです。薬価は、もともととても安いのですが、魔法の薬です。


精神障害者に優しいのはYouTube?それとも文字・静止画情報?

私は精神障害者で、健常者以上に精神疲労に弱く、刺激を多く受けるとすぐに疲れてしまいます。

例えば、山登りのような、肉体疲労を伴う行動の場合は、精神疲労に加えて肉体疲労も負担となりますから、さらにきつくなります。

今回は、パソコン等のIT機器を使った場合に、精神障害者はここでもハンディキャップを負うというお話です。

今、『ユーチューバー』がもてはやされているように、YouTube動画をネット上に上げることが流行っています。私も、以前ニコニコ生放送で深夜まで毎日のように生放送を頑張ってやっていた時期もありましたが、あまりに外野の暴言を受けることが多かったので、嫌になってやめました。

YouTube動画ではそういうコメントは入りにくいのですが、いろいろと工夫が必要です。生放送でないぶん、最初から自分で原稿を用意して話をしないと、視聴していても話し手の話すペースが遅すぎて観る側は嫌気がさしてきます。

私もYouTube動画をしばらくの間作っていましたが、精神的な疲れが負担となり、嫌になってやめてしまいました。原因は、ネタが少ないこともさることながら、精神的負担がかかってしまうことです。本当に疲れ果ててしまいます。

肉体労働でも、パソコン上の作業でも疲れやすい精神障害者には、「活動をする」「行動する」こと自体が健常者以上に大変なのです。かといって、人並みの知能を持っていれば、それを発揮したくなるのは人間の性だと思います。その、不自由さ、もどかしさが精神障害者にはつねにつきまとうこととなります。

さて、動画は疲れるので、静的メディアで軽いメディアであるブログやTwitterのほうが気楽で疲れにくく、付き合いやすいと思います。観る側としても、私はYouTube動画はあまり見ていません。

精神障害者(いろいろな人がいますがたぶん多くの精神障害者)はYouTubeの波には乗れないと思われます。どうやったらネット世界で自分を発揮できる人間で居続けられるのか、模索が続いています。


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