【メモ】家族への気遣い不足(2022.3.22)

健康

今回の記事は、自分と家族の関係が題目なので、読んでも分かってもらえない内容も含まれていますし、つまらないかもしれないので、万人に読んでいただくことは推奨しません。

家族と生活するなかで、私自身、今後気を付けていかなければならないな、と思ったことが2点ほどあるので、ここで勝手にまとめてみたいと思います。

  • 「言ってもしょうがない」ことを親に向かって言うのは極力控える。
  • 老いた両親に、家の中のことでも体を使っての協力ごとを増やす。

1つ目は、言葉で親を苦しめない、というのが実際かもしれません。僕は多弁な方かもしれませんが、時々、世の中のこととか、お金についての話とか、あるいは将来の心配に至るまで、特に母に喋ってしまうのが「癖」になっていました。

昨日も、そのようなことを話してしまって、母が困ってしまい、父も話に入ってきて、「母さんをあまり困らせたりするようなことを言うんじゃない、命が縮むじゃないか」と言われてしまいました。

まあ、父と話を深くすることは、まず無いので、母と良くも悪くも、話を長くすることが多いのですが、「自分は分かっていても、母にはチンプンカンプンな内容の話」「暗い気持ちや心痛を誘うような、将来の家族や私についての話題」…この2つを私が無自覚に多く話すことがあり、母がしんどい思いをすることが多いようです。

改善法は、前者については、相手の知識度合いを見て話す、という、基本的なことを母にも適用して話す、しかありません。考えを共有し合いたかったら、ネット等を使って、話の合う知人や非リアルの知人との間だけで情報交換するしかありません。40代になっている自分ですが、こういうところが「子供っぽい」感じだな、と思います。例えば、両親の資産が乏しいことを今更言っても仕方のないことですし、当の本人たちに知識不足を指摘したところで、私の親ですから、それも「老いていく人達で何の基礎知識も持ち合わせていない相手に言っても仕方ないだろう」というのが、なかなか自分で変えられないところが、自分はダメだな、と思います。まあ、私がしっかり働けて賃金を貰って家計を支えられるような人間だったらまだいいのかもしれないですが、そうではないのですから、よく相手を考えて話をしなくては、と気を付けないといけません。

続いて2つ目。「家の中のことをできるようにしたい」と、このブログ上でも何度も述べてきましたが、母から「家族に協力してやろうとかいう、体を使った協力の姿勢が乏しすぎる」と言われました。

最近は、夜などは家族との接触は、夕食の食卓を同じくするだけで、食べ終えたら、私は早々に自室に籠ってしまいます。特に父親が、ながらでTVを観るのが常態化しているので、そういう場にずっと居るのが苦痛だったせいもあります。それについては、母も「食事が済んだら、早めに自分の部屋に戻る方が楽でしょう」と日頃言っており、自分もそれには慣れてきて、自分の時間を多くとるためにも、気持ちの切り替えのためにも必要だと思って、そういうところでは母も何も言うことは無いようです。

問題は、私が自分の体を使って、家のことに協力する姿勢に乏しいのはよろしくないし、「助けてくれないのか?」という私への母からの投げかけでした。私は、TVの受信料の免除申請だったり、携帯電話代の削減を家族全員に適応させることだったり、家計の助けになりそうなことは、知識を集めて、やってきたつもりでいました。

しかし、日常の体を使った、ルーチンワークへの参加が、おざなりになっているでしょう?という母からの指摘でした。一番目立つのが、ゴミ出しです。以前は、できあがったゴミの袋が重いので、力のある僕がゴミ置き場まで袋を運んでいました。しかし、僕が非協力的な態度を見せたことがしばしばあり、「もう、頼むのが面倒だから私が出しに行く」と母が言い出して以来、重い思いをして母がゴミ出しをやってきました。数か月以上はそんな状態が続いています。

「完全な『いそうろう』状態じゃダメでしょう?」とも言われて、自分も「気持ちの面で、病状が安定してきてもいる。ゴミ出しは生きる上での基本的な事なので、再びやらなければ」と気持ちを改めました。

どうも、両親も確実に老いて衰えてきていることに、無自覚なところが自分にはあるようです。私が精神疾患で、親に頼るのをよしとしてしまっていて、それでいて、生活面であまりにも両親におんぶにだっこで、両親への気遣いが足りていないことを、考えさせられる機会となりました。

明るい前向きな話であれば、母も話を聞いてくれるでしょうし、すすんで「母さん、手伝おうか?」とゴミ出しや重いものを運ぶのを手伝う姿を見せる。そういう日常が家庭にあれば、母も父も、私が外で働いてこなくても、円満にやっていけるだろうし、両親も余計な心労をしなくて済むはずです。

それを私が見事にぶち壊しているのは、病状が以前より軽くなった今、態度を改めて、もっと老親に気遣いと優しさをもって接しなくては、と思いました。少しずつうまく行っているところもあるのですが、以前と何も変わっていないところも多々あって、変わっていないところが結構な比重を占めていたので、昨日はそれが両親の口から私へ向かって出てしまったのだろうと思います。

今まで、一方的にお世話になってきていた、両親を助ける側に回る。自分の体を使ってそれを態度で見せる必要がある。このことは常に意識しなければ、と思いました。

おしゃべりはともかく、親を手助けする、ということについては、精神障害者は、自分だけじゃなくて、結構同じように、家族に非協力的に見えてしまう人が、多いのかもしれないな、と思ったりもします。自分の中で完結できることには、それなりに頑張れるけれども、家族等に対しては、気遣いが不足してしまう。アンバランスなところは努力して調整していかないと、と思いました。

考えすぎて、急に両親に他人行儀みたいになると、またおかしなことになってしまうので、そこは頭を使わないといけないでしょうが、「あまりお喋りし過ぎて母と接触し過ぎるのがいけないのかな」とか思いますし、「家族を助ける」ことももっと自覚してしないといけないし…今日からいろいろと両親との向き合い方を改めてみようと思います。

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