家族への感謝…自分一人で生きてきたわけではない(2022.2.16)

健康

今夜はいろいろと、最近までに自分が体験したことを思い返していました。

そこで改めて気がついたことですが、自分が悩んだり、不安を感じたりしたとき、常に家族が僕の話を聞いてくれていた、ということです。

もう、家族の間では、あらゆることを、今は両親と僕であーだこーだとお喋りし合うのを、ごく当たり前のことのように感じています。

何か、自分に関わる新しい出来事が起きたら、些細なことでも、親に「報告」のように話す毎日。「あなたは本当によくしゃべるねぇ」と母には言われますが、とにかく、自分の頭を整理するとか、そういう最終目的があるにしても、親が僕の話を聞いてくれて、それで自分が心の安定を保てて、先に進めるのです。

冒頭の繰り返しになってしまいますが、「あの時、僕の話を聞いてくれる親がいなかったら、どうやって自分の悩みや不安を整理できただろう」…そうしみじみと思いました。

親戚や友人・知人でも、同じような内容の話を聞いてくれる時もあるかもしれません。でも、所詮、距離感はそれぞれ違うものの、「他人」の域を出ないのです。

僕が伝えた気持ちや言葉への反応は、親も家族とはいえ、別人格ですから、思ってもみない反応が僕に帰ってきて、影響を受けるかもしれない。同時に、僕が悩み・不安を伝えることで、親が我がことのように思って、自らの心に負担を感じてしまうかもしれない。でも、それはそれで当然のことでしょう。

だから、家族相手だからこそ、言ってはいけないような趣旨の言葉もあるでしょう。そういうことに鈍感な自分であることを親から指摘されたこともあります。

話を僕の持病の話に変えますと、持病の症状の理解…これは、残念ながら家族をもってしても、完全な共有は無理です。精神症状は、病気に罹った本人の言うことからしかうかがい知れませんし、数値として検出できるものでもありません。

それを承知の上で、僕の心の苦しみ…僕の脳みそがそうさせているのは疑いないのですが…を多少でも我がことのように受け止めて、話だけでも聞いてくれる両親、あるいは、物質的だけでなく、精神的にも実は支えてくれている両親…それが今消えていなくなってしまったらどうしたらいいのか、あるいは、過去、両親がいなかったら、どうやって生きてこれただろう…そう思うと、家族には、「ありがとう」「感謝」のような言葉以外、見つかりません。

話をまた持病に関わることから戻しますと、やはり、「そりゃあ、当たり前のことだろう」と言われてしまうかもしれませんが、僕も母親のおなかで生まれ、一人出てきたけれども、母親と家族に育てられ、勉強は一人で勝手にやって知識はつけてきたかもしれないけれど、決して一人で生きてきたわけではない。「社会に人は育てられる」とはよく言われるけれども、それよりも小さな単位として家族があって、家族同士なら結構好き勝手に語り合うことができてきた。

そういう育ち方が幸運にも僕にはできて、それを当たり前のこととして思ってやって来たんです。家族は僕の生命力の源であってきたんです。「ああ、ありがたいことだ」と今更ながら思うんです。

まあ、両親もかなり年を取りましたから、僕もいつかは一人でいろいろ試行錯誤をしながら、生きていくことになるのでしょう。でも、実際に両親がこの世を去っていったとき、自分一人で生きていけるか、というのは、なにもお金の欠乏に関する問題ありきではなく、心が「さみしい」と叫んで苦しみを感じるのではないだろうかと思います。

こんなことをしみじみと思ったのが、過去何度もあったかというと、そうでもなかったろうと思います。家族がいて当たり前で、困ったら親に心の内を打ち明けたりすれば、楽になるし、それもまた、当たり前だと思って過ごしていたからです。

僕に伴侶がいないことは、ますます両親への長期間にわたる依存のもとにもなりますが、都合よく伴侶が現れたりすることはないと思うので、老いていく両親を見ながら、また、それを自分でも支えていけるのなら支えたいし、今まで通り、頼りにできるうちは頼りにしたいです。

なにか、自分の心の中で、悩みや不安とか「今、自分が困っている状況だ」と思ったりして、頼りにできるのは家族だった、という気付きの過程を踏まないと、自分には、両親や家族がいかに大事なものだったのかを思い返せませんでした。そういう意味では、今夜、短い時間でしたが、考えて、「両親に感謝」というところに行きついたのは、少し自分もまともな人間になったのかな、と思った次第です。

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