自分にもやっと「活気」が高まってきたと思う(2022.2.8)

健康

武漢コロナ禍がようやく収まりそうになってきて、自分自身も、ここ2年間ほど、社会と同様に沈滞気味であったんだなぁ、と気が付きました。

昨年は、精神科病院を転院したり、それに伴って、新しい主治医が違った薬を処方してくれたおかげで、その年の秋口に余計なアクシデントがあったものの、その12月から今年現在に至る間に、自分にも「活気」それも多分、ある程度持続性のある「活気」が出てきて、それが高まりを見せてきているように感じられます。

精神病を持病とするゆえに、健常者の人たちであれば毎日当たり前のようにできることができないところも多くあるのですが、それなりに毎日、生きていること、生き続けることをとても肯定できていて、前向きな気持ちを保持できているように思います。

今の時期は特に寒さが厳しいですから、例年であれば、何かしら自分の現状への否定的な感情を母親に吐露したりするのが恒例化していたのですが、特に昨春の病院転院後は、「死にたい!」とかいうことを母の前で言って悲しませるようなことが全くと言っていいほどなくなりました。精神状態がアンバランスになりがちな、冬場でも、逆に元気になったりしているくらいですから、「活気」の高まりは本物だと思います。

要因としては、前述の服用薬の変更も、もちろんあります。それに伴って、徐々に生きること自体への態度も変わってきて、例えば、競馬のネット投票から足を洗って、本格的に少し先を見据えた生活を、金銭の面も含めて、真面目に考えるようになってきたとか、あるいは情緒の面でも安定してきたらしく、気分が常に穏やかになったと思います。

あと、これも薬の力を借りて達成できたことだとも思いますが、抽象的な言い方で言えば「受容・許容する余力が生まれた」。例を挙げると、ネット動画を長時間視聴できるような気分、読書を進んでできるような気分。出力(アウトプット)だけでなく、入力(インプット)する力も復活した、というところまで来ました。

あとは、自分をどこまでさらに向上させることができるか。一人になっても生きていけるような、生活力をさらにつけていくのが望ましいのでしょうが、それも向上させるべきものでしょうし、あるいは、知識や教養をさらに深めて人生を充実させたり、ネット上での交流の輪を広げるのもひとつあるでしょう。「自分の伸びしろはまだまだ大きくて、人生はこれからだ」と思うようになってきています。

外部に目をやると、日本を取り巻く世界情勢は不安定の度を増してきており、それについて危機感は持っていますが、僕のような一介の精神障害者の力だけでどうにかなる話でもないので、利用可能なものを使いつつ、日本を守り抜く大きな力の渦の一翼でも庶民の一人として担えれば、とは思っています。

いろいろと、まともに物事ができるようになり、人生をつねに肯定し続けられるようになったことを、素直に喜びたいです。

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