競馬をやめて7か月-毎月6日「競馬をやめた記念日」に(2022.2.6)

生活

今月も「競馬をやめた日」がやってきました。昨年7月6日から、有馬記念の日に1度やったのを除いて、今日でやめて7か月経ったことになりました。

ギャンブルをするのが常態化してくると、心がどこかおかしい状態が続いていきます。株式投資も広義のギャンブルに属するのでしょうが、「0か1か」ではありませんから、今悪玉として挙げているのは、パチンコ・パチスロの類や、公営ギャンブル、カジノも今のところ日本に無いですが、そういうもの。それらを「悪いギャンブル」と僕は括っています。

公営ギャンブルについては、競馬しかやったことがありませんが、まあ、毎月6日は、「私は2021年7月6日に公営ギャンブルをやめた」という、記憶に残る記念日となりました。

競馬をやめた効果はいろいろあります。金銭面はもちろんのこと、先ほども少し触れたように、精神面でも改善したことがあって、情緒的に安定してきた、というのは大きいと思います。家の中のことに目が行くようになったとか、「生活しているんだ」という気持ちと言えばいいのでしょうか、地に足のついたような感触がよみがえってきます。

比較的身近に、毎日のようにパチンコ店に通っている人を知っているので、「やめたらもっといい人生になるだろうに」と思ってあげたりするのですが、やめる気配が無いので、残念に思います。

逆に、株式市場や債券市場、商品市場などの金融系マーケットは、親近感は人それぞれですが、ほとんど全ての人々の生活と、関りを持たざるを得ないもので、かつ「よくできた賭博場だな」と感じます。手金がゼロになるのを覚悟で臨むようなハイリスクの取引手法もあるにはありますが、多くは参加しようとする人が「値動き」を楽しめるようにもできています。

僕は「0か1か」のギャンブルはやめ、金融マーケットにだけ残る道を選びました。カネのことばかりで頭が一杯というのでは、日本人としていかがなものかとは思っていますが、金融の知識を持たないで貨幣経済の現代世界で生きていくことはほぼ不可能です。「武装」だと思って金融のことは深く知ることを怠らず、かつ、日々の「寝る・食べる・動く」といった生活にもっと目を配りなおすことをより進めていかなくてはいけないな、と思う今日この頃です。

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