まずは、自分を「浄化」することから(2022.1.15)

悩みごと

今日は、本当に久しぶりに「湯船」に浸かりました。何日ぶりなのか憶えていないくらいです。

最近は、洗面台のシャワーで洗髪したり、たまに浴室に入ることはあっても、シャワーで全てが終わってしまうことが多かったです。なぜか、今日は、浴室、しかも湯船に入ろうという意思が働いたんです。

僕は、子供の頃は当然のように毎晩風呂の湯船に長時間浸かり、親からは「お風呂が好きな子」だと思われていたくらいです。ただ、洗髪は省略することも多かったような気がします。

精神疾患を患ってからも、風呂だけは欠かさず入り、頭からつま先まで毎日洗う日々が続いていたのですが、ここ2~3年ほど、お風呂に入るのが億劫感が出てきて、なかなかできなくなってしまいました。

前にかかっていた主治医も、僕がそのことを報告したところ、良くない傾向だと感じたようでした。そう報告してあまり経たないうちに、今の主治医の病院に転院したのでした。

今の主治医にも、風呂場に入るのが億劫でなかなかできないと伝えています。診察でも、主治医のほうから「お風呂には入れていますか?」と毎回尋ねられます。入浴頻度の少なさを、主治医はかなり重視しているようで、「意欲が乏しい」証左のように考えているように僕には思えます。

話は変わりますが、僕は、最近の日本を含めた世界中の大混乱をみて、「日本の危機」を大いに感じているところです。でも、僕一人の力では、日本の正常化はできません。ましてや、精神障害者ですから、社会から恵んでもらっている立場の人間でもありますし、それ以前に両親に養ってもらっている人間です。

簡単に日本が「危機」から抜け出せる方法は、「ない」ということは、選挙に投票に行っても政治・国民生活がなかなか改善しないことからも明らかなように思います。

とあるネット動画で日本を良い方向に向かせる方法として、「日本を『浄化』していきましょう」と提唱されていた識者の方がおられました。「まず、自分を律することから。部屋の整理整頓をすることからでもいい。皆さんが自分自身・周囲を浄化していくことから始めましょう」と。それと「楽観的でいなくてはならない」ということも付け加えておられました。

話を僕の入浴のことに戻します。最近できるようになった洗濯をすることもそうですが、自分の基礎的な生活をできるようになること…これが僕の目先与えられた目標なのかな、と今日、ふと思いました。当たり前のことを当たり前にできるようになること。お風呂に入り、湯船に浸かって全身を洗うことは文字通り自分を「浄化」することです。そこができるようになれば、次の台上に上がれるのではないかな、と思いました。

つい半年ぐらい前まで、競馬にのめり込むことと投機活動をすることぐらいで毎日を過ごしていた自分が、競馬から抜け出たことで、先のことを再びまともに考えられるようになり、最近では体調も改善してきた上に、電子書籍やネット動画も疲労を感じることなく観ることができるようになったなど、自分の生活の質的な改善が著しく進んできているのは確かです。できなくなっていたことが、再び一つ一つ、できるようになってきました。

入浴は一般の方々にとっては「当たり前」にすることかもしれませんが、今回は、すすんで入浴する気になったこと、が大きな前進だったと思います。次の機会が明日になるのか、数日かかるかはわかりません。入浴後、少し疲労感は感じたものの、少し前のように、ヘトヘトになるような状態ではないことから、不定期でも、もう少し入浴頻度を上げていけそうな気もしています。

自分「浄化」作戦は、医者や周囲の人から指示されたりしてできるものではありません。自らすすんで「浄化しよう」と思えた時に、本当の「浄化」が始まるのでしょう。今日は、さらに一歩前進できた記念日だった、そう思って、明日以降に繋げていきたいと思います。

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