願わくば、数年以内に日本各地を旅してみたい(2021.12.31)

雑談等

大晦日を迎えました。

私は、子供のころから海外の歴史や文化に興味を持っていたので、「いつかは海外旅行するのかも」と思っていましたが、持病の精神疾患のせいもありますし、いろいろと思うところがあって、今まで一度も海外へ行ったことがありません。

幸い、インターネットの普及もあり、海外事情などを僕のような一般庶民でも、手軽に見聞きできるようになりました。そうなると、逆に、「自分は、本当に日本人として、日本の歴史や文化を理解しているのだろうか?そのつもりになっているだけではないだろうか」という思いが日増しに強くなる一方です。

「社会・歴史の教科書に書いてあることが事実」などと間違っても考えてはいけません。確かに、教科書には物事の起こった年は正確に書かれていることが多いですが、ただそれで歴史年表みたいなものが作成できるだけのことで、当時の時代背景や日本古来から通底する「精神(スピリット)」のようなものはほとんど書かれていません。その意味では、「日本の教科書は、誤った、あるいは多くのものを欠落させた歴史を学生・生徒に教えている」とも言えます。

歴史は数学の問題の解き方(パターン)のように「暗記する」だけのものではないです。僕が病を患いながらも、幼少時から歴史を学ぶことに親しんでいたことが、成人後の人生でもプラスに働いているのだと思って、「今にして思えば、幸運だった」と思っています。

そんなことを考えながら、今考えているのは、「この数年のうちに、日本中を再び旅して回りたい」ということです。

正確には、「もう一度、旅をしなおして回りたい」と言った方が良いかもしれません。僕は、青森・長崎・沖縄以外の都道府県には、足を踏み入れたことがありますので、日本各地を一応は何となく分かったつもりでいます。

ですが、次に旅をするときは、「神社・仏閣・遺跡・遺構のようなものをもっと見て歩きたい」と思っているのです。どこそこの名物を食べたいとか、景勝地や繁華街に行きたい、というのはあまり念頭に置いていません。神社や文化財を保存する施設は、京都や奈良を中心に何度も訪れていますが、それ以外の地方にある同じような場所には、あまり行くことができていません。

最近、日本の歴史を再び学ぶことを通じて、「日本民族の辿ってきた歴史と育んできた文化に、まだまだ若い(?)今のうちにもっと触れておきたい」と思うのです。やはり、読書やネットから知識を得るだけではなく実地を観て歩くことも大事だと思うのです。

京都・奈良を周るだけでは不足していると思うのは、最近の日本人の歴史についての新事実を見聞きしたことも影響しています。京都・奈良はもちろん日本の文化が花開いた場所で、大切な地ですが、民族の歴史をそこのエリアだけ見ただけでは、不十分な理解で終わってしまうと考えます。

「あちこち行ってみたい」のは、あくまで「希望」であって、思った通りに実現できるのかどうかは分かりません。旅には時間だけではなく、お金も必要です。ただ、なんとか実行に移したいと強く願っているところです。

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