今日の一日(2021.10.22)

健康

今日は、もう一つの記事で書いたように、朝遅めに起きて朝食は食べたものの、また眠気が強く出て、起きたら正午だった、というのが一日の始まりでした。

「昨日は愚痴、僕こぼさないで過ごしたね」と母親に話すと、「ずっとそれでいてください(笑)」という母親の返事。母親にとっては、昨日は少し気の休まった一日だったのかもしれません。

今日は不安定な空模様でかつ、寒かったので、散歩は無し。家で終日過ごすと決めて、さて、どうしようかと思いました。

「変則的な起床の仕方をしてしまったけれど、家事の手伝いは今日も何かやらないと」と思い、昼ごはんに使った食器類の洗い物をしました。これをするだけでも、頭の中で何かを考えたりする以上の「価値」はあったんじゃないか、と思いました。

あと、最近、「自分は大人しい、子供時代の自分みたいな感じに戻って行っているなと思う」と母に話したところ、「私も、それは大学生活を終えて地元に帰ったことで、経験した」と言っていました。きょうだいも、子供時代に活発そうに外からは見えていたのに、「幼稚園・学校生活が小さい頃は嫌だった」とこぼしていますし、人はそれぞれ、外見とは違う自分を持って生きているんだなぁ、と思わされます。

僕の場合は、統合失調症の発症時期の高校時代になっても、「自分は積極的な自分に変わらなきゃ、変わらなきゃ…」とか、半分思っていたわけですが、もともと、非常におとなしい、穏やかな性格の持ち主で…と自認していて、最近、口数は多いこともあるものの、基本、元気さが不足しているように見られて仕方ないのは、寒くなって元気が出ないとか、そういう問題ではなくて、もともと、おとなしくて穏やかな自分からスタートしているからだと思うようになりました。

今日の深夜は、NHKの番組「72h」を観ていて、「みんな、苦労しながら、老いても働いて働いて、僕もお金は持ってないけど、都会暮らしだと同じ事をしていても、出てくる人出てくる人、皆余計に大変そう」に見えました。「笑顔は日本人的に、見せてはいるけど、暮らしは多くの人が大変そうで、日本人…自分もそうですが、決して幸福そうに見えなかったのはなぜなのかな…」と思ってしまいました。

前も、Twitterに書いたと思うんですが、僕のような、社会にぶら下がって生きざるを得ない人間からすれば、健常者が輝いて元気に活躍してくれる社会じゃないと、障害者もおこぼれにあずかれず、共倒れ社会になってしまうんです。まあ、そうなると、弱者は真っ先に切り捨てられてしまいそうですが。日本はもっと日本人が苦しい思いをしなくても生きていけるはずだと、何となく思うので、良い社会を「上の人」に造ってほしいと願うばかりです。

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