実は病気が原因の問題は山積(2021.10.14)

健康

先日の記事では、「何もなかった一日としては最高の日が過ごせた」というような記事を書きました。

しかしながら、実際には、僕の病気は根が深く、あくまでも「ましな一日」が過ごせたに過ぎないので、これで社会復帰が可能な状態にまで回復しているわけではありません。

例を挙げると、テレビや動画を観るのが、最近非常に苦痛で、興味深い内容のものでも、そう長くは画面を見ていることはできません。音楽だけでも、そう長くは聴いていられません。自然音の中でしか安らぎを得ることができないのです。

そして、ここからが「病気なんだな」と感じられる部分なのですが、他人に自分の話をするときは活発に話せるのです。自分で音を発するのには何の苦労も感じないのに、周りからの音は受け入れられない…こういうことは、母親などは「理解を超えている」というので、分かってもらえないようです。

非対称性といってもいいでしょうか。そのほかにもいろいろと、思い出したらキリがないのですが、病気が原因の問題…僕のせいで、家族と共に生活していくうえで、家族と一緒に普通には過ごせないだろうな、という問題はいろいろあります。

例えば、自分の精神疾患についての話や、対応する薬の話を母親に向かって毎日のように同じ内容をしきりに話したり、「ああ、来週は病院の診察日だ」「ああ、明後日は年金の支給日だ」とか、聴いている方からすれば、「もうその話は、何度も何日も前から聞いてるよ、分かってるよ」と思わず言いたくなることをしょっちゅう話しているのです…これって、躁病のパターンなのでしょうか?

統合失調感情障害という、自分の病気にまつわる諸問題で、毎日のように母親とは衝突せざるを得ない状況が続いています。家の中で一緒にいる時間を短くするよう、少し心掛けてはいますが、なかなかうまくいきません。

なんとかするには、薬に頼るほかないような気がして仕方がありません。また、診察日に母親同伴で主治医に診てもらって、より良くするような処方でも出してもらえたらいいのですが…統合失調症だけなら、簡単に済むかもしれないのにな、と事態の複雑さに自分でも自己嫌悪気味になっています。

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