今日の感想:何もなかった一日としては今までで一番の心地よさ(2021.10.11)

健康

空模様が怪しくなり、今日も日が暮れようとしています。

今日一日の感想としては、「何もなかった一日としては、今までで一番の心地よさ」だったのではないかと、振り返って思います。

まず、昨晩よく眠れました。そして、ふらつきもなく目覚めて、シャワーを浴びて、朝食後、何となく多幸感を抱えながら一日をスタート。眠気らしい眠気もなく、昼食へ突入し、昼食後も眠気はなく、何となく気持ちをギスギスさせることなく、夕刻まで辿り着いた感じがします。

「眠気なし」と「何となく多幸感あり」というのが今日一日で良かったところ。

クエチアピン錠を一週間、少し辛抱強い態度で飲み続けて、起床後の眠気が穏やかになって消えてゆきました。多幸感が感じられたのは、特に晴れていた午前中です。何となく明るい気持ちを持てました。

よく、午前中、昼前まで母親が買い物で出かけていて不在だったりすると、もう少し待てば母親が戻ってくるのが分かっているのに、明るい気持ちが持続させられず、ガクッときてしまう…こんな経験がよくあります。何となく、急にうつうつとしてしまうんです。

今日そういうことを昼飯中に母親と話していました。親離れができていないわけではないはずなんですが…学生時代、まだ統合失調感情障害を発病していただけで治療していなかった時期、「よく、毎日お母さんに遠距離電話かけていたよね?」と思いだしながら話をしあいました。

少し前までは、統合失調症状態で、誰かに助けを求めていたから、そのサインとしての遠距離での毎日の長電話があったんだろう、と思っていたのですが、「躁うつの症状が、心を安定させたくて母親に電話会話をさせるように仕向けていたのではないか?」と思ったりしました。

心の急激な落ち込みがあって、それを補う行動を自分で取っていた、とは自分でも面白い仮説・発見だと思いました。そういえば、心がなんとなく落ち着きがない時に、家族で家の中で過ごしていて、今でも僕は母親のいるところに行って、何か話をしようとします。それがしょっちゅうです。なかなか、自分の中で気を紛らわせたり、消化して心の波を維持していくことが難しいのです。

反対に躁の状態の時も、あるようにも思いますが、目立つのは、急に気持ちが落ち込んだり、急に寂しくなったりするうつ症状の方が多い気もします。一つ前の医者に罹っていた時に、抗うつ薬を少量処方されて、毎日夜、飲んでいましたが、冬などの深い落ち込みのある時以外は、あまり効果が無かった気がします。

今週も飲んでいる抗精神病薬クエチアピン錠は、気分安定薬としても使われます。躁の時には気持ちの高ぶりを抑え、うつの時は気持ちの落ち込みを抑えて気持ちを持ち上げる役割を担います。

僕にとっては、クエチアピン錠の副作用が消えた今、この薬の残された薬効である睡眠薬代用効果と多幸感のうち、多幸感は、今までに感じたことがないほどの気持ちの良さでした。足元のおぼつかないようなフワフワした感じではなく、「なんとなく感じられる『幸せな感じ』」でした。心が穏やかな方は、同じような気持ちを普通に備えていらっしゃるのだろうか?と不思議には思いましたが。

そういう、多幸感が不足して気持ちが落ち込み易い体質であるという意味では、今の主治医の「統合失調感情障害」と言う診断は正しいかもしれない、とも思えます。

次の診察で、以上のような感想を述べたとして、主治医が処方をどのようにするのかは想像できませんが、「とても穏やかな、ギスギスしない」気持ちで一日を過ごせたことは、自分にとっては良かったことじゃないだろうか、と思っています。

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