診察(2021.10)

仕事

今回の診察は、急性期後の経過観察に加えて、今後の生活リズムの作り方について、母親にも診察室に入室してもらって、主治医と3人での診察&面談となりました。

最初の方で、「幻聴の具合はどうですか?」と主治医から尋ねられて、思わず「?」と感じてしまいました。それからしばらくして、自分が「そういえば、すれ違いざまに、グループになった相手から何か悪口・嘲笑のようなことを言われているような気がする、とずっと訴えていたなぁ」と思い出し、「最近はそういう機会はないですね」と返答しました。「近くを通りがかった人からも何も言われていないと感じます」というような趣旨のことも言ったかもしれません。

一方、母親は、「また、今回のような再発は何度も起こり得るんでしょうか?」と質問していました。主治医からは「あるとは思います…でも、今回は、処方がまずかった…リチウムを処方したのが僕のミスでした、ごめんなさい」と謝られました。やはり、抗精神病薬と炭酸リチウムの飲み合わせが悪かったことを主治医が言ってくれたことで、なぜ、再発が突如起きたのかは解き明かせたと思うことにしようと思いました。

ところで、最近の僕は、被害妄想感も大きく薄まり、猜疑心(さいぎしん)のようなものもなく、「幻聴らしきもの」もなく、再発前、脳の中にぼんやりと漂っていた霧のようなものもものすごく薄くなって、すこぶる快活に近い感じになってきたことは、間違いないところで、自他ともに「元気になってきた」と認めるところとなってはいます。身近な生活上で憂うようなことがなくなった感じがします。

ですが、主治医はそこから一歩歩を僕に進めさせたいようで、「デイケアとか、生活リズムを作るようなことを考えてみませんか?」という趣旨の提案をされました。

母親からは、「この子(僕)には、デイケアのような場所は、向いていないような気がします」と僕の性格や好んでいる話題の内容等の観点から話しました。主治医は「デイケアでも、ゴロゴロしているだけの人もいるし、何かをみんなで一緒にしなければならないという場所では必ずしもないですよ」という話がありました。

僕は20年ほど前に、デイケアを見学したことがあり、その時は、「全員で遠足に行く」計画の話をしていたような気がします。一方、今の僕は、毎日のように近所を頻繫に歩いて太陽を浴びたり、お茶を飲みながら立ち寄った知り合いの方のいる場所で話をしたりしているので、それでデイケアのようなことはできていると思う旨を主治医に話しました。

…で、「それだけのことが今できているわけだから、家の中で何か手伝いをするとか、身の回りのことをするとかを習慣づけませんか?」と主治医から提案がありました。僕は「現状、頭がかゆいからシャワーを朝浴びるとか、肌がべとついてきたからシャワーを浴びるとか、不定期的にしか身の回りのことはできていません…」と答え、母親からは、「もう、この子にああしろ、こうしろ、と言っても無理だから、あまりこの子に言わないことにしているんです」との話が出ました。

主治医は「でも、まだあなた(僕)はお若いし、年金と障害者雇用の収入を組み合わせて生活を立てられると思うから、そのベースとして、身の回りのことや、家の中のことを、習慣づけて毎日やっていけると良いと思うし、そうすべきだと思います」と強く勧められました。

そういったやりとりで、診察時間が煮詰まってきたので、僕も母も主治医の勧めを受け入れた気持ちで診察室を後にしました。

夕方にも、自宅で「毎日やることを習慣づけて親子で一緒に作業したりしてみようか」ということになり、僅かばかりの洗濯物の一部を、僕が畳んでみました。何でもいいので、母親と一緒に作業をして自分がゴミ出しに出てみたり、家の中の作業の一部を担ってみたり、就寝前に歯を磨くことを欠かさずやってみたりと、今まで疎かにしていたことを少しずつやってみるか、という感じになりました。

僕にとっては、皇統存続の問題や、政治・経済・金融・時事問題をおしゃべりすることの方が、はるかに頭が冴える活動で、おしゃべりといっても、何でも好き、というわけではありませんが、上記のようなおしゃべりであれば、頭も回転するし、それでストレスを感じることも少なく、ゴミ出しや洗濯物を畳むことよりもたやすく感じてしまうのですが、政治について語っていても、ゴミ屋敷を作ったりしていてはどうしようもないわけで、どうしても避けて通れないことは、やはり、自分で解消するくせをつけておかなくてはならないな、と再認識することとなりました。

なんとか、事を前に進めていこうと思います。

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