福祉施設での就労開始

福祉施設での就労を今月から始めました。

週五日に満たない短時間就労からのスタートですが、やはり、障害者に配慮をしてもらえる環境で働けるのはありがたいことです。

通所に慣れるにつれて、就労日数や時間を増やしていって、収入も増えていってほしいです。

自分の体調と相談しながら、今の就労を生活の充実の一助となるようにしていきたいと思っています。


たまには場外馬券場に行くのもいいかな

近年は、馬券がインターネットを介して買えるようになったため、特段、紙の馬券を買う必要はなくなってきています。

ただ、実際に走るオウマサンをじかに見る機会もたまにはほしくなってきます。とはいえ、競馬場まで私の自宅からは数百キロ離れていますので、おいそれとは行くことができません。

私が競馬場に行くのは、日常世界から飛び立ちたいという、非日常体験を求めてのこともあるので、自宅から離れたところで競馬をするのであれば、別に場外馬券場に行って馬券を買って、大きなモニタで観戦するだけでも、気晴らしにはなります。

幸い、私の県には、東西の両端に場外馬券場がありますので、公共交通機関を使って行くことができます。両方とも、一度以上は訪れています。

最近、少し身軽な気持ちになり、乗り物で近場に出かける気が起きてきたので、小旅行感覚で、久しぶりに場外馬券場に馬券を買いに行ってみても良いかな、と思っているところです。

公共交通機関の本数は限られているので、メインレースと最終レースなど、目的の数レースを買って結果を見たら、すぐに帰るスケジュールになってしまいますが、道中の車窓を眺めて目の保養としたりして、半日を潰す休日もいいかな、とか思っています。


週末の函館競馬に向けて(2019.06.10)

このところの競馬では、全くの鳴かず飛ばずです。

やはり、オークスとダービーと目黒記念が、集中的に発生した「ボーナスステージ」だったと言えます。私の過去の記憶が全て活かされて、3連単が獲れまくった2週間だったのです。難しそうに見えて、自分にとっては簡単でした。

その後、鳴尾記念や東京ダービー(大井)を最後に、3連単が重賞で獲れないでいます。それも当然で、過去の記憶が全く無いからです。「たしか、こんな馬が強かった」という、経験則みたいなものが全然思い浮かばなかったので、馬券が獲れなかったのだと思います。要は「勉強不足」でした。

さて、今週末から函館開催が加わります。函館スプリント(G3)は、気持ち良く当てたいところなので、ちゃんと過去問(過去年の馬柱と1~3着馬の傾向)は勉強しておこうと思います。G3でもG1でも、真剣に向き合わないと馬券が取れないのは同じです。


競馬の雑談(2019.06.03)

昨日(6月2日(日))の安田記念(G1)は当たらず。オークスから一昨日の鳴尾記念(G3)まで続いた、重賞的中記録があっさりと途切れました。

それもそのはずで、鳴尾記念は例外として、オークスとダービーは、3歳クラシック戦のため、血統で走る馬は簡単に割り出せたのです。安田記念は古馬混合戦のため、難解でしたね。それでいて、配当は安かった。

中央競馬は、歳時記みたいな感じで、この時期はこういう馬が激走する、とか、いろいろと伝統的な特徴が各レースにあるんです。それを全てわかった上で馬券を買わなければ、一時、多く的中しても、プラス収支を通年で維持することはできません。

季節・開催地ごとの競馬の特性を通年で見通せるようになれば、通年プラス収支も夢ではないでしょう。私も、もっと研鑽を積まなくてはならないと思っています。

最近は、証券投資で損することがアホらしくなってきて、馬券で損したほうがまだいいじゃないか、とまで思うようになってきています。株式投資・証券投資も競馬も同じくギャンブルですが、楽しい方が良いじゃないか、と思ってしまいます。

まもなく馬場が渋りやすくなる、雨の多い季節になってきます。そういうことも考えながら、競馬攻略に邁進したいと思います。


競馬の雑談(2019.05.30)

最近、馬券が不思議と重賞レースで当たります。しかも、3連単が。

令和元年になって初のオークス、5月19日は17万馬券。

同じく、令和元年のダービー、5月26日は19万馬券。G2目黒記念は9万馬券。

昨日は、Jpn2(G2格)の浦和競馬の「さきたま杯」で5千円(3連単ですが、これは、おまけみたいなものですね)。

ちゃんと分析をして買っているので、まぐれ当たりでは決してないのですが、当たりまくりで少々驚いています。

かなり儲かった2週間でした。ただ、結構投資と地方競馬で散財してしまい、言うほどの余裕はないです。

証券投資よりも、馬券投資のほうが儲かっています。とりあえず、なんでもいいので、儲かって貯蓄できればいいと思っているところです。

ここ4日開催、何がそんなにいい結果をもたらしたのか…やはり、思い切るべきところで思い切って3連単を買ったことでしょうか。それもありますし、4日間とも、午前中のレースはサッパリだったのですが、それでいちいち落胆せず、気持ちを途切れさせずに、黙々と馬券を買い続けたことでしょうか。

(オークスの10万馬券的中証明書)
(ダービーの10万馬券的中証明書)

最近は、有料のデータ提供サイトも利用しておらず、無料サイトの出馬表で分析しています。それで当たるのですから、私の馬券の腕もまんざらでもないかもしれません。

さしあたっては、過去の結果に一喜一憂することなく、淡々と馬券を買うのみです。



助けを借りることで行動できる自分

家事を全くしなくなっている私でしたが、「捨てたいパソコンをそろそろなんとか」と親が言い出した、ということで、私が出動することとなりました。

親が一緒に作業に参加してくれると、私も動けることに気がつきました。私だけで何か家事をしようとするとできないのですが、親と一緒に作業をするぶんには、体がある程度動くことを発見しました。

やはり、「みまもってくれる人」「手伝ってくれる人」「介助者」がいないと、私が物事をやり通すのは難しいことに気がついたのです。このへんは、自分にかかってくるストレスを軽減させる効果があるのだろうと思います。

人の助けも借りながら、生きていくことが大切ですね。ここ数日それを実感する日が続きました。


人生哲学の構築が急務

私は障害者です。身体障害者の方々のことはよくわかりませんが、精神障碍者のことは、当事者でもあり、ある程度分かっているつもりです。

最近、パラリンピックなどで身体障害者の方々に労働以外の分野で活躍できる機会が増えているのを見かけます。諦めずに頑張ることが称賛されているようです。

それと関連しての話ですが、「不屈の精神」という言葉がありますが、精神障害者の場合はどうでしょうか。精神を病んでしまっている以上、その不屈の精神を発揮すること自体が、苦しみになってしまうというのは、なんとも言えない気持ちになります。

「頑張る」ということが、他の人々(健常者や身体障害者)以上に大変なことになってしまいます。精神障害者以外の人々の理解を超える世界なんです。

もう、今の年齢(40歳近く)になってしまってからは、吹っ切れて、周囲に合わせることはほどほどにして、精神障害者としての自分なりの人生哲学を構築しなくてはならないのではないか、と思い始めています。

「ガンバリズム」だけでは体が持ちませんから、自分が生きやすいように生きていく道を積極的に見つけることが必要な気がしています。

健康に気を遣って、これ以上の疾患を持つことの無いように気をつけながら、楽しながら着実に自己を成長させていく道を探りたいと思います。


家族から「面倒くさがり屋」「都合よく病気を持ち出す」と言われて

親に「とらのすけは家事を全くやってくれない、『面倒くさい』と言っている人に何も頼む気がしないわ」と言われてしまいました。

私は、風呂掃除を以前やっていましたが、「以前から面倒に思っていた」と表明したところ、「それなら、もうやってくれなくていい」と真剣に言われて親が風呂掃除をすることになりました。

最近は、ゴミ出しも、親から「『僕(とらのすけ)はゴミ出しをしてあげている』と言われるのが嫌だから私が出す」と言われてしまいました。

結局、私は今、家事を全くやっていません。

家事をやらないのは、私の病気に「何事にも億劫になってしまう」という、ヘンな症状があるせいが大きいと思っています。医者にも「億劫になるのは病気の症状でもあるから」と説明されたことがあります。

健常者から見れば、「まあ、何と都合の良い病気でしょうか」と思われるかもしれません。親も「都合のいいときだけ病気になるんだね」と私を皮肉る時があります。ただ、これがもし、私が一人暮らしだったら、家が「ゴミ屋敷」化してしまうおそれもあるので、真面目にとらえるべき問題だと思います。

統合失調症患者の集まりに顔を出したことがありますが、Macintoshの使い手の人もいたりしていて、精神疾患患者・障害者の方は一芸に秀でている方も多い印象です。

ただ、皆さんに共通していると思われるのが、「日常の家事が疎かになっていることが多い」ということかもしれません。片付けなども苦手なことが多いです。特定の事柄の対しては非常に熱心で技能・知識も豊富なのですが、基本的な生活がうまくいかない、ということが結構あるようなのです。

これについては、親など家族にも理解してもらいづらいことのようです。無益な家族間のケンカのもとになりそうですが、なかなか難しい問題だと私も思っています。


私の送りたい人生(2)

最近、小遣いが足りなくなり、「やっぱりお金が要る!」と思い始めました。経済的に保障される人生でありたいです。

お金が一定額あると「それほど要らない」と思い、少なくなる、あるいは足りなくなると「お金が欲しい!」と思うのは誰しも同じでしょうが、私の場合、お金は「あればあるだけ良い」という考え方に戻ろうと思いました。


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